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| 南京玉すだれのはじまりは、不明ですが、定説となっているのは、江戸時代末期と言われています。南京玉すだれは、最初 「唐人阿蘭陀南京無双玉簾」と呼ばれていましたが、いつのまにか「南京玉すだれ」になりました。当時、唐人、阿蘭陀、南京はハイカラ(モダン)の代名詞であつたため、玉すだれの不思議な魅力に対してつけられたものと思います。以前、中国南京大学の日本人の先生から、現地に南京玉すだれがない旨のメールを貰ったことがありましたが日本独自の芸能であることは間違いありません。 |
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南京玉すだれの発祥の地と言われる五箇山(富山県)庄川左岸の台地に23戸の合掌造民家が残る平村相倉(あいのくら)集落。背後の山は白川村との県境にある人形山。五箇山には平成10年の9月頃に行ったのですが、世界文化遺産に指定されている藁葺きの民家が素晴らしく、日本の原風景を見る感じでした。宿は、国民宿舎の五箇山荘に泊まりましたが、深山の静けさの中でつかる露天風呂の温泉は、心からゆったりする感じで最高でした。
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| アさて、アさて、さては南京王すだれ……。軽快なりズムに乗って、竹のすだれを釣竿や橋などに見立てて操るのが、ご存じ南京王すだれ。そのルーツは民謡「こきりこ」で有名な富山県五箇山に残る編竹で、平安時代、伴奏に使われていたものが、独立した芸となり、江戸時代から大道芸として旅芸人によって演じられてきました。私の祖父、吉田仙助は明治の初め旅芸人から教わって、舞台で初めて演じております。その芸を父から私へと三代受け継いてきたのが「仙助流南京王すだれ」です。現在私の演じている形は、浦島太郎の釣り竿に始まり、瀬田の唐橋、在所の御門、そば屋の看板、阿弥陀如来、浮かぶ白帆、日米国旗、しだれ柳等の九種類と、私が考案した、鯉のぼり、東京タワーなどがあります。保存会は芸の伝承が目的ですから、東京で春秋に講習会を開くほか、希望があれば地方へ出かけて教えております。会員の皆さんから敬老会や施設慰問の公演で、とても喜ばれましたというお話を聞くたび、私も教えた甲斐があったと、共に喜んでおります。用具の「すだれ」は私の手づくりで会員に実費で頒布しております。また数年前、歌と伴奏入りのレコードをつくひましたが、このたび海外からの要望もあり、レクチャービデオを製作碩布しております。世はまさにハイテク時代ですが、手づくりのすだれで、手づくりの芸、これからも大事にしていきたいと思っております。
*連絡先「南京王すだれ保存会」0426-26-2871 |
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南京玉すだれ協会 平村発祥の地に認定 平村上梨の白山宮「南京玉すだれ発祥の地」に認定されることになった。 普及に努める日本南京玉さだれ協会(神戸市)が一日までに決めた。 南京玉すだれ歴二十年という八房梅香協会理事長(五〇)によると、玉すだれのルーツは上梨に伝わる民謡「こきりこ」で使われる楽器「ささら」だという。八房理事長は県内に親類があり、十年ほど前に初めて「こきりこ」を見た。 「ささら」の形や音から玉すだれの原型と直感。「網竹踊り」という玉すだれそっくりの 踊りがあることを知り、ルーツと確信した。春と秋の祭礼で「こきりこ」が奉納される白山宮を発祥の地と認定することにした。八房理事長は「学術的な裏付けはないが、南京玉すだれの故郷として広めたい」と話す。 認定式は二十四日、白山宮で行う。越中五箇山こきりこ唄保存会が「こきりこ」を披露。 網竹踊りの唯一の継承者、大瀬雅和さん(五二)=村産業観光課長=踊りを発表したあと、八房理事長ら会員四十人が南京玉すだれの妙技を奉納する。 協会は会員約四百人。将来的には白山宮で南京玉すだれ日本一選手権の開催も計画している。 |
| 最近、南京玉すだれの歴史について日本南京玉すだれ協会に歴史的解説や文献資料が紹介されています。ご関心のある方はどうぞ。
*他にご意見のお持ちの方、メール頂ければ幸いです。 |
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